治療教育という道 その二十三

投稿日:2023年10月15日(日)

今回は、前回に引き続き、戯曲『何処へ行っても同じ駐車場』の成立過程について掲載する予定であったが、以前から小野寺隆所長の準備していた小文をご紹介しよう
心温まり、また洗われる、隆医師の俳句とエッセイ、特に中程に挿入された、音刺激についての件りは、簡潔にして明解!である
 
以上
屋我地診療所治療教育外来代表
川手鷹彦
 
     ☆ ☆ ☆
 
私は幼少時より、蝉の声を聴くと、ある特定の感情を呼び起こされるのであった。
それは半世紀以上経った今でも変わらない。
この
「特定の音や現象が特定の感情を呼び起こす」
という現象を、医学・脳科学的に見ると次のようである。
 
     ☆ ☆ ☆
 

『池の恋』Hans Jenny

『池の恋』Hans Jenny

音刺激は耳から中耳、内耳、聴神経、脳幹、そして大脳に伝わっていくが、特に大脳に入ってから単純な経路ではなく複雑なネットワークを形成し、最終的には高次聴覚野で認識される。
特定の音に心地よさを、逆に不快感を覚えることもあるが、実体験の報告はあるものの、脳科学的には未だその機序は解明されていない。
ただ、大脳の内側深部にある脳幹から大脳辺縁系を中心としたネットワークが関係しているのではないかと、私は推測する。
大脳辺縁系は認知、情動発現や記憶形成などに重要な役割を担っており、大脳の高次機能処理に大きく関与している、と考えられている部位である。
音楽を聴いて感動することも、まずは音の刺激が大脳辺縁系に刺激が入り、それから高次機能を司る大脳皮質に伝わり、感情が生まれていると考えられている。
また記憶形成に関与していることから、心地よさを何度も頭の中で再現できるようである。
同じ音楽を聴いても、時と場合によっては違う感情が生まれることがあるけれども、私の場合、蝉、特にひぐらしの鳴き声はいつも心地よさを感じ、沖縄に来てから聞くことはできなくなったが、辺縁系に記憶されているのか、今も頭の中で浮かべ、心地よさを感じることができる。
何が違うのか興味深い。
 
     ☆ ☆ ☆
 
ところで、川手氏による自閉症児の観察報告などにも、蝉や蟋蟀の声等について、私の幼少期に類似する体験を持つ子どもがいるようだ
 
気になる語句を抜き出すと
 
     ★
 
私が常に求める安らぎ
儚き生命故の尊さ
 
移りゆく季節、蝉の音に涙する
私の心は冷たい石の上の老いた蟋蟀のようだ
 
蝉の声を聴くと心が安らぎ
日々の苦しみを
片時でも忘れさせてくれる
 
寒風によろめく老いた蟋蟀の
姿もまた美しい 
儚さという尊さ
 
蟋蟀は
死の門で鳴いている
 
蟋蟀は
死の国、黄泉の国への門を守る
門番です
 
(上記はいずれも、川手による「自閉症夢の記録」より)
 
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『草叢の歌人』Hans Jenny

 
     ★
 
虫の声、美しい詩歌が、子どもの成長にとって、またその心の安定に良い影響を与えることは、冒頭に述べた。
またそれらが「自閉症」を始めとする、「特別な保護を必要とする子どもたち」の神経系の不調を調整するだけでなく、彼らの持つ千差万別の異能を始動させ(遺伝子情報の転写・翻訳)、既にある程度表現されている場合は認知し、更なる藝術行為により励まして、本人にとっての生きる自信となるように支援することは、既に本コラムその五で、川手氏によって指摘された通りである。
 
(初秋のこころ)
黄昏に
ひぐらしの鳴く
懐かしさ
 
(秋の美しさ)
黄昏に
天地燃ゆるや
赤蜻蛉
 
 
二〇二三年十月十五日
屋我地診療所所長
小野寺隆

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