治療教育という道 その二十

投稿日:2023年07月26日(水)

〜『ガラス玉演戯』とは〜
 

原語ドイツ語版『ガラス玉演戯』 “Das Glasperlenspiel”

原語ドイツ語版『ガラス玉演戯』
“Das Glasperlenspiel”

ドイツの作家ヘルマン・ヘッセ/Hermann Hesse(1877-1962)の謎めいた大作『ガラス玉演戯/Das Glasperlenspiel 』は、ヘッセがドイツからスイスに亡命し1943年に書き上げたもの
長篇且つ難解にもかかわらず世界中で多くの人々に読まれ、1946年に作家が大戦後初のノーベル文学賞を受賞する直接的要因となった小説である
作品の中で《ガラス玉演戯》が如何なるものなのか、その詳細は全篇通して明らかにされない
藝術作品の創作でも単なる再現でもなく、変遷し発展する表現形態・表現活動、即ち「美しい表現の追求」である
「《ガラス玉演戯》者」となる子どもらは「《ガラス玉演戯》名人」によって捜し出され、弟子となる
彼らは理想郷に護られ、次の名人になるべく修行する
生活は理想国家に保証されている
 
私たちは、自閉症を始めとする「心の保護を求める子どもたち」を、正にそのように扱わねばならない
通常の社会システムの中で、「自閉症」は障害、「自閉症児」は障害児として扱われる
前回ローナ・ウィング/Lorna Wingの件で取り上げたように、彼らに対する社会的な援助は確かに必要である
しかしその援助が勝れた者たちが劣っている者たちを見下す方法なのか、それとも特別な能力を有することに対する敬意を持って保護するのかで、結果も大きく違ってくる
彼らの異能を《ガラス玉演戯》と較べるのは、けっして誇張でも錯覚でもなく、本来ならば世間が既にしていなくてはならない、正当な評価である
藝術行為《ガラス玉演戯》はつまり、子どもらの「隠された叡智」を呼び醒ますために、治療教育が歩むべき道なのだ
 
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2015年6月20日生 自閉症女児 2023/06/07 水彩+クレヨン

 

老齢のヘルマン・ヘッセ

老齢のヘルマン・ヘッセ

作中、Josef Knechヨーゼフ・クネヒトは、その才能と努力、そして運命の導きによってユートピア「カスターリエン」に於ける《ガラス玉演戯》名人の位を得る
しかし、自らの地位に甘んずることなく、更なる向上と献身のため、一介の教師として、家庭教育のうまく機能しなかった少年に関わるが、ものの見事に翻弄され、振り回された挙げ句、呆気ない最期を遂げる
文字通り「呆気ない最期」である
この結末は何を意味しているのだろう?
私にとっては長年の謎であった
それが漸くここ二〜三年で明らかになってきた
 
つまり、「自閉症」を始めとする「心の保護を求める子どもたち」「特別な保護を必要とする子どもたち」
或いは現代社会に存在する
「心に傷を負った子どもら」
に真(しん)の意味で関わるとは
自らの地位、名声、富、権力、にこだわらず、かえってそれらを捨て去ることであり
それどころか、場合によっては
自らの家族や生命をも犠牲にする覚悟がなければできないということ
 
それこそが
 
心に寄り添う
 
ということであり
それが人類に与えられた使命
 
《美の追求》
 
のひとつの道なのだ
ということが…
 
そうか!
そうだったのか!
それこそが
《美の追求》
だったのか!
 
子どもらの夜の意識に寄り添いつゝも、彼らの昼の意識に弄(もてあそ)ばれ続ける私たち「治療教育者」のあり方、あるべき姿については、次回「日中欧に於ける治療教育の実践」をご報告する中で、明らかにしたいと思う
 
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2012年2月3日生 不定型発達進行女児 2023/07/16 水彩『月之狂想曲』

 
二〇二三年七月二十六日 中国厦門
屋我地診療所治療教育外来代表
川手鷹彦

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