治療教育という道 その十

投稿日:2023年02月08日(水)

さて、前回掲載された岩間浩先生ご論考『芸術教育について切に思うこと』についての質疑応答は以下の通り
因みに応答者が岩間先生、質問者は川手である

 

質問1、
学校教育に於ける藝術要素の減少について書かれていましたが、学校以外での補填は可能とお考えでしょうか?
私どものような私塾的活動をしている者にとっては重要な件です
但し、学校以外となると、該当する子どもは当然限られた範囲になります
その辺りも含めてご教示ください

水彩画『Spiritual Being』睿睿 十二歳

水彩画『Spiritual Being』睿睿 十二歳

応答1、

はい、可能と考えます。
1)可能にする第一は、自然の持つ教育力に留意することです。
私は、戦前、東京都杉並区阿佐ヶ谷で生まれ、5歳の初めころまでそこで育ちましたが、昭和19年になって東京が米軍機による空襲にされる危険が迫ってきたことで、或る建築総合会社の建築技師であった父が仕事に従事していた名古屋市に近い、名古屋と常鍋を結ぶ名鉄・常鍋線の中央の田舎町(現・新知)に5歳の初期から終戦後8歳の小学校2学期終了までの4年間ほどを家族と共にそこで暮らしました。当時は幼稚園も保育園もなく、小学校は1階建てのありふれた建物の学校で、図画工作室や音楽室などの特別教育室があったわけでも、芸術教育の専任教員が配属されていたわけでもありませんでしたが、伊勢湾沿いの穏やかな海辺で波の音を聴き波と戯れ、夕日を眺め、小川で父と釣りをし、草の匂を嗅ぎ、野花を摘み、田畑の昆虫をつかまえ、丘にかけ登り、星の降るような夜空を眺めたりして、自然豊かな土地で田畑や海や小川と触れ合って生活しました。その思い出が心の底に残り、情操となり、芸術に親しむ原点となりました。考えてみれば、人は自然の中で生まれ、育ち、そして自然の中に帰っていきます。自然を離れて人は存在しません。人はこの原点を忘れがちです。自然はまことに人を育む父母であり、教師なのです。子供はこの自然に触れ、自然の中で生活し、自然から学びます。子供に、直接自然と触れ合う機会と体験を与えるのが、私たち大人の役目ではないでしょうか。子供を最大の教育者である自然にゆだねましょう。
でも、都会育ちの子供をただ自然の中に解き放つだけではだめです。或る教師が子供たちを自然豊かな土地に連れて行って、「さあ、ここでおもいっきり遊んでおいで!」と言って子供を自由にさせたのに、子供たちは自然の中でどうやって遊ぶかを知らないため、すぐ飽きてしまい、「先生、つまんない、もう帰りたい」と言ったそうです。子供たちに遊び方を教え、絵を描く仕方を教え、歌をうたう指導をするなどの必要があります。
親や教師が子供たちに、いかにして自然に接するかを教えたり、そのための指導者を選び、遊び方や鳥の観察や草花の観察や星の観察方法を指導する機会と場をつくることが肝要です。子供が方法をマスターすれば、彼らはどんどん難しいことに挑戦し、自らに内在している能力を発揮するようになるものです。子供は小さな芸術家なのです。

水彩画『双極Ⅰ』陽南 十八歳

水彩と色鉛筆画『双極Ⅰ』陽南  十八歳

2)第二は、家庭教育の力に留意することです。
情操を育む大切な第一の「ゆりかご」が大自然であるとすると、第二の「ゆりかご」は家庭です。子供の成長に決定的な影響力を与えるのはいつの時代も家庭です。親自身が自ら楽器を習ったり、絵を習ったり、俳句や和歌を習ったり、あるいはパッチワークとか刺繍を習ったりすることは、子供に大きな影響を与えます。私が、昼に働いて夕方に登校して来てから学ぶ或る短期大学に勤めていた若いころのことです。教師の私より年齢が数年上の30歳代か40歳代の学生がおりました。その方は他の学生たちから「お父ちゃん」と呼ばれて親しまれていたのですが、その「お父ちゃん」学生によると、彼の息子は、父が年を取ってもなお勉強しながら働いている姿を見て、自らが机に向かって熱心に学ぶようになって好成績で希望校に進学したとのことでした。まことに、「子は親の背中を見て育つ」の諺通りです。「勉強をしなさい!」と口やかましく言うのではなく、親自身が学ぶ姿を示すこと、学ぶことが楽しいことを示すことで、子供は自然に勉強するものです。そして、親が自ら進んで芸術を学び芸術を楽しむなら、親の姿を見て子は自然に芸術に惹かれていくものです。
或る忙しい母親が、子供と一緒に買い物に行く途中で美しい夕焼けを見ました。彼女はひと時歩みを止めて、子供と一緒に美しい夕焼けを眺めて、感嘆の声を発しました。そして夕焼けの歌を唄ったのです。日常生活のちょっとした体験の中で、子供は情緒豊かな人物へと育つのではないでしょうか。心にゆとりさえ持っていれば。このような心豊かな家庭という「ゆりかご」の中で、子供の心に豊かな情緒が育っていくのだと思います。

水彩とクレヨン画『原象と象徴』薫ノ衣 十六歳

水彩とクレヨン画『原象と象徴』
薫ノ衣 十六歳

3)第3の「ゆりかご」は地域社会です。

コミュニティ全体が芸術活動を大切にする社会であることは、また、子供の情操を育てる上でよき土壌となります。地域社会に芸術劇場や美術館、音楽ホール、映画館、野外ホール、プラネタリウム、博物館、などがあり、お祭りがあり、芸術祭が開かれ、また、芸術を教える場所があるなど、町全体に芸術的な雰囲気がある所では、子供が芸術活動にかかわる機会が多く、芸術を学び、芸術活動に参加し、自然に情操が育っていくのではないでしょうか。子供の芸術参加へ背中を押すような地域社会を育てたいものです。

質問2、
たとい、学校内での藝術科目の時間が増えたとしても、無教養、子どもについての理解不足等、能力の低い教師では意味がないと思います
私はこれまで、ドイツ、スイス、中国、日本等で教師のみなさんと活動してまいりましたが、彼ら自身がこの問題に危機感を持っています
教師の実力向上についてのお考えをお願い致します

クレヨン画『双極Ⅱ』陽南 十八歳

クレヨンと色鉛筆画『双極Ⅱ』陽南  十八歳

応答2、
どのような教師が優れているのでしょうか。むろん芸術能力が優れた教師がのぞましいのですが、優れた芸術家が即優れた教師だとは言いきれません。教師としての資格は、児童生徒に潜んでいる才能を伸ばす指導能力に長けた人物です。
芸術教育の指導者に欠かせないのは、子供の芸術才能を見い出し、それを励まし育てるハートと能力です。なにも芸術の盛んな学園ではない普通の学校の教師であっても、芸術を愛する心とある程度の芸術に関する知識と技量を持ち、子どもを愛する心を持った人物であれば、そして子供の才能を励ます心を持っていれば、充分に芸術の教師として成り立つ場合があり得ます。
さらに加えるならば、家庭で四季折々の伝統行事を大切にすることです。これによって子供は季節の変化に敏感になり、自然界の移ろいに感じる心が育ちます。「知ることは感じることの半分も重要ではない」と『センス・オブ・ワンダー』(Sense of Wonder 1956)で述べて、教育上自然観察の大切さを強調したのは、海洋学者にして、農薬による環境破壊を『沈黙の春』(Silent Spring 1962)で告発し、全米で環境問題の重要さを目覚めさせたレイチェル・カーソン(Rachel Carson 1907~1964)です。子供たちを自然の中で感覚を豊かに育てることは、家庭においてきわめて大切なことなのです。

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クレヨン画『月に明星』耕耕 十五歳

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水彩画『啓示夢』Enqi 十一歳

 

質問3、
私どもが通常対応しているのは、自閉症の子どもらを始め「特別な保護を必要とする子どもたち」です
長い年月をかけて忍耐強く、かつ美しく藝術的に創り上げていく「教育藝術」です
治療教育に携わる心得についてのご忠言をお願いします

水彩画『薔薇十字』 Endy 十一歳

水彩画『薔薇十字』 Endy 十一歳

応答3、
治療教育支援に献身した例があります。江戸時代早期の近江(現・滋賀県)出身の儒学者・中江藤樹(1608~1648)が大洲(現・愛媛県の都市)で塾を開いていた時、父の医業を継ぐ志を持つ大野了佐という青年が教えを乞いにやってきました。藤樹はこの志に打たれて自らが医学を了佐に教え始めましたが、了佐は何度教えても忘れてしまうのです。藤樹が故郷の近江に帰ってからも了佐は藤樹の下に通い続けました。藤樹は「われ了佐において精魂を尽くした」と嘆じたと言います。とうとう10年の歳月が過ぎ、了佐は医師として独立し家族を養えるほどになりました。すると藤樹は「彼務めずんばかなわじ」と了佐の努力を讃えたと言います。弟子が愚鈍と言われる人物ではあっても、その人物に宿る志を良しとして、精魂込めて教え導いたのが教育者の例です。
学校で1+1がなぜ2になるかを問うなどして、教師を困らせ放校となった息子を、家庭で自ら学びつつ教え、偉大な科学者に育てたエジソンの母親、聾啞者ヘラン・ケラーを根気よく教え励まし、ヘレンを「特別な支援を必要とする人々」の希望の光にまで育てたサリヴァン女史、「ねむの木学園」を創って「特別な保護を必要とする子どもたち」の絵画による創造力開花を支援した宮城まり子、そして、ダウン症の娘・金澤祥子を一流の書家に育て上げた金澤泰子の例など、治療教育支援は、最終的には、指導者の、なんとかして子供の才能を育てたいという子供を思う願いと努力に尽きるのではないでしょうか。

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クレヨン画『音楽の誕生』ナナ  十六歳

 

先生からのお言葉をいただき、襟が正される思いです
これよりの私どもの治療教育への励みとして、大切にしていきます
真(まこと)にありがとうございました!

なお、挿入した絵画作品は、中国と日本の子どもら・若者たちによって最近描かれたものです
出身国は名まえから推測・判断してみてください

二○二三年二月八日中国厦門
屋我地診療所治療教育外来代表
川手鷹彦

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水彩と色鉛筆画『五千年の雫』 野々花 十六歳

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