治療教育という道 その十五

投稿日:2023年05月05日(金)

この度はパイデイアに関連するも、その伝統に沿ったものではない、子どもの観察についての明らかに誤った理解について、黒川五郎教授と話し合いたい
昨今に於ける、そのひとつの例がギフテッドチャイルド/Gifted Childであるが、加えてもうひとつ、境界知能或いはグレーゾーンについても合わせて、往復書簡の形を とって考察していきたいと思う
尚、以下の文章には「治療教育という道、その十二」で予告したものに重複した内容がある

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黒川先生

ギフテッドチャイルド/Gifted Child という呼称の始まりは、アメリカの心理学者Lewis M. Terman(1877-1956)によるものです
Termanの研究は、精神疾患者の断種手術推進等、人種的・優生学的偏見・実践に裏打ちされており、二十一世紀に至っても尚、能力差別主義の基盤として諸国家に政治利用される結果に繋がっています
これは、私たち治療教育者が扱う自閉症児等に見られる異能現象「サヴァン症候群」とは根本的に異なるものであり、その混同をする関係者がいますが、断じて許されることではありません

「サヴァン症候群」は、遺伝子の突然変異という堅牢な身体性事実による神経系の不具合にバランスを取るべく顕われるもので、ギフテッドチャイルドのような作為的呼称ではないのです

因みに「サヴァン症候群」も含めた自閉症児を始めとする「心の保護を求める子どもたち」「特別な保護を必要とする子どもたち」に、巷では「発達障害」という不当な呼称が与えられておりますが、この呼び方こそが優生主義の流れを汲むものなのです
厳密に正しい名称は、一般的な健常者を「定型発達」とするなら、「不定型発達」とすべきでしょう

「サヴァン症候群」或いは「自閉症」では、感覚の繊細さを守るために生ずる神経の不安定さ、それに伴って顕われる異常能力は、共に尋常ではなく、ひとりの子どもに三人以上のスタッフ、睡眠中の訪問観察など、極めて特殊で専門的な対応、且つご家族との揺るぎない信頼関係が求められます
一方ギフテッドチャイルドですが、何をもってそのdefinition/定義とするのかcategorization/分類をすべきなのか、曖昧不明です
子どもの能力は千差万別であり、授業内容が簡単過ぎると言うなら、難し過ぎる子もいるわけで、そういう子どものひとりひとりに相応しい対応のできる体制と教師の資質があってこその教育現場なのですから、始めからそれが不可能であるかのような選別はすべきでありません

更に、現代家庭教育の脆弱さも指摘されるべきでしょう
子どもは藝術的審美眼を持った親による躾で育つべきですが、昨今は親の審美眼が甚だ疑わしくなっていると言わざるを得ません
黒川五郎というアジア随一の哲学頭脳が完成した背景には、茶道、医学、文学等、幼少時からの恵まれた教育環境があったことは想像に難くありませんし

私が各国でソフォクレス、シェイクスピア、ゲーテの戯曲を脚色・演出・演戯することができるのも、バリ島の村々でランダ舞手に指定されたのも、中国で李白・杜甫・王維の詩の朗詠について講義・指導できるのも、実家の本棚に世界・日本文学の叢書が並んでいた、という少年時代の背景があってこそ、です

さて今回は、境界知能或いはグレーゾーンについてもご意見をお聞かせ願えれば、と存じます

境界知能とは、所謂「知的障害」や「発達遅滞」とまでは行かない(「」で括った、これらの呼称についても私は使用反対の立場をとっております)までも、勉強や仕事をスムーズに行なうためには何らかの支援が必要とされる分類のことです
これらの分類は、IQテストという前時代的な方法でされますが、なんと内閣府のホームページでは、IQ71〜85を境界知能とすることも含め、「自閉症」などの諸々の症例をIQで分類しているのです
これには憤りを通り越して悲しくなりました
この国の治療教育、特殊教育の、正に「遅滞」を表わす事実です

加えて、境界知能と自閉症スペクトラムに於ける所謂「グレーゾーン」を混同しています
この混同は更に始末に負えないもので
先ず元ネタの「自閉症スペクトラムのグレーゾーン」が全くの素人考えで、「自閉症」を「スペクトラム」という連続体で捉えるところまでは、自閉症児に関わる現場の人々や自閉症児を我が子に持つ親御さんにとって、取り敢えずの理解として仕方ないにしても、スペクトラムという言葉自体が「グレーゾーン」をも抱合した意味なのですから、そこに更にもう一度「グレーゾーン」を加えるのは蛇足です
そもそもスペクトラム連続体という言葉を間違って捉えている向きが多いのです
自閉症スペクトラムとは重度自閉症から軽度自閉症、或いは高機能自閉症から低機能自閉症までの連続体ではありません
自閉症は、繰り返しますが、
《遺伝子の突然変異という堅牢な身体的事実》
によって発症し、そこに重度も軽度もなく、130〜200 と言われる変異遺伝子が複数組み合わさることによって症状が変わるものを、便宜上一括りにしているものです
また自閉症の特徴と言われる問題行動は自閉症児に限ったことではないので、自閉症の特徴とはなり得ません
それらは、自閉症児に対する誤った教育、治療、訓練の反動として起こるものです
ですからそれらの行為によって自閉症を重度〜軽度に分けることは間違っています
高機能自閉症から低機能自閉症というのも完全に誤った理解で
「高機能自閉症」とは、ひとつの独立した術語で、ある症状の高低を言っているのではありません
古典的自閉症
或いはカナー・タイプ
と呼ばれる中にあって、知的能力の高い人々を抽出して「便宜的に」指す言葉で、これに対峙する「低機能自閉症」やその中間状態の「中機能自閉症」は存在しません!

話を境界知能に戻しますと、自閉症スペクトラムに使われている「グレーゾーン」
この「グレーゾーン」自体が誤った呼称なのですが、それを自閉症以外の、全く違う分野、且つ時代錯誤も甚だしい、差別的IQ知能分類の「境界知能」に重ねるという、前代未聞の離れ技を行なっているのです
これらのおさびしい事情が笑い話で済ませられないのは、このような誤った理解を持った人々による酷い訓練や強制的対処法を受けた自閉症児たちが実害を被っていることです
日本でも中国でもそういう間違った対応によって、自傷行為、家族への暴力、排泄物遊戯、等々から抜け出せなくなったお子さんが、ご両親ご家族に連れられて私共のところへ来ますが、手遅れになってしまっていることもしばしばです

次代を担うべき子どもら、若者たちが受けるべき、真 (しん) の美的教育・治療教育についてのご提言をお願いいたします

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以上が黒川教授に送った書簡内容である
次回は本書簡に対する教授からの返信をご紹介しよう

二〇二三年五月五日 中国広州
屋我地診療所治療教育外来代表
川手鷹彦

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